イングランド↓2011.09.17
スコットランド
イギリスにハリケーンがやってきた。実に30年ぶりのことだという。本来ならばアメリカ大陸に向かうはずが、はるばると大西洋を越えてきたらしい。スコットランドの北の端をかすめたという。直撃はしなかったものの、イングランドでもものすごい強風に襲われた。ヨーロッパの西端に位置するこの国では、偏西風の影響でもともと雲の流れが恐ろしく速い。なんせイギリス最高峰が標高1344mのスコットランドのベン・ネビス山。高い山もほとんどないので海からの風が直接吹きつけるのだろう。北へ行けば行くほどその影響も顕著で、天気もコロコロと本当によく変わる。さっきまで晴れていたのがあっという間に雨である。
これだけ天候が悪く湿った土地柄では作物もほとんど育たないのだろうか。広がる景色はほとんどが牧草地ばかり。考えてみると、イギリスで盛んなスポーツはどれも芝で行われる。サッカー、ラグビー、クリケット。テニスもウィンブルドンは芝のコートだ。食べ物だけでなく、スポーツなんかもこういうところに理由の一端があるのかもしれない。
イングランドからスコットランドへ。町の数も減り、広大な自然が広がってゆく。そういえばゴルフはここスコットランドの発祥らしい。今でこそ「ゴルフ場」というと日本では自然破壊の象徴のように捉えられがちだが、そもそもは自然の中で行われる、自然を感じるためのスポーツだったのではないだろうか。事実、スイスのツェルマットでは、その昔ひとりのゴルファーが登山に訪れ、雄大な自然を賛美するべくゴルフボールを打ち込んだという逸話が残されている。
スコットランドではアウトドアも盛んらしい。それほど高くないとはいえイングランドと比べると山がちな地形、川や湖も数多く流れる。道中訪れた滝ではカヤッキングを楽しむ人々を見かけた。
そもそも最大の都市であるグラスゴーから自転車で2時間も行けば景色はすっかり田舎ムード。サイクリングに来た家族連れの子供がふと足を止め、道端のベリーをつまんだりしている。サイクルロードはそのまま牧場へ。牧場に入る際には柵があるが、入ってしまえば自転車道と牛の間に仕切りはない。まるで簡易サファリパークだ。脇を過ぎる親子を牛が退屈そうに眺めている。
“ハイランド”と呼ばれるスコットランド北部に踏み込むと、景色は更に自然味を帯び、荒れ野のような土地が増えてゆく。ところどころに点在する湿地や湖。北欧で見た景色とも重なる。確かに、ここもヨーロッパの「果て」に違いないのだ。地図で見ると、スコットランドの西側もまた、ノルウェーのフィヨルド沿いのような形状をしている。かつて同じように氷河で削られたのであろうか。風土や生態系も似通っているだろうし、北の端では“Viking Cake”なるお菓子も売られていた。その昔ヴァイキングも住み着いたとされるこの土地。文化的にも何らかの繋がりがあるのかもしれない。
ハイランドには、南北の山あいを行く“West Highland Way”と、東西の湖沿いを行く“Great Glen Way”と呼ばれる2種類のメジャーなトレッキングルートがある。トレッキングと言っても1日2日の距離ではなく、全行程は一週間以上にも及ぶ。降りしきる雨の中を耐え忍ぶように歩く旅行者たち。その“Great Glen Way”、ネッシーで有名なネス湖の近くの運河沿いに、そんな旅行者に向けた無料のキャンプ場があった。一泊のみ、徒歩か自転車での旅行者のみ宿泊可能であるとのこと。係員もいない無人のキャンプ場にこの国の懐の深さを感じた。
犬を連れて歩く一人のおじさんに出会った。
「今日人に会ったのは3人目だ」
と語るその人は、イングランド最南西端の“Land's End”と呼ばれる場所から4ヶ月をかけここまで歩いてきたという。自分と同じく、スコットランド最北東端の“John o'Groats”を目指すらしい。おじさんもすごいがその犬もすごい。曰く、
「僕は2本足だからいいけど彼は4本も足があるから大変だよ!」
強風にあおられながら“John o'Groats”にたどり着いたのは10月5日。夏場はここから更に北のオークニー諸島へと向かう船があるが、フェリー乗り場はすでにその役目を終えていた。この旅の目的地に定めていたのはフェリー乗り場に立つひとつの標識。ここからロンドンなどの距離を示すものだが、その看板も全て取り払われていた。ひっそりと静まり返る村に、この先に訪れるであろう長く厳しい冬を思う。突然降り出した雨を避けるためPUBに逃げ込み、スコッチウィスキーで冷えた体を温める。PUBを出て、テントを張るべく岬へと自転車を走らせる。雨上がりの空にはオレンジ色に染まる大きな虹が架かっていた。
これを目指していたはずが…。
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