しもばの放浪日記

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Festival sur le Niger
モーリタニア
↓01.04
セネガル
↓01.27
マリ




西アフリカにおいて予想外に嬉しかったこと。それは、「米が食える」ということだった。料理の種類もいくつかある。トマト風味のソースがかかったもの。煮込んだ魚や野菜を炊き込みご飯の上に乗せた『ジェリジェフ』。ご飯に魚やタマネギが乗った『ヤッサ』も美味かった。タマネギは甘く煮込まれており、魚と一緒に食べると南蛮漬けのような味がする。肉じゃがみたいなものも見つけた。日本から遠く離れているはずなのに、随分と日本人好みの味付けで驚いた。主食が同じだと味覚も似通ってくるものなのだろうか。まさかアフリカでこんなにも美味い食べ物に恵まれるとは。まったくもって嬉しい誤算である。

酒を飲む文化も復活した。モロッコやモーリタニアでも確かにビールを購入することはできた。だが、あくまでも「こっそりと存在する」という感じであった。これがセネガルに入ると、町のところどころでビールの看板が掲げられている。バーも場末の雰囲気でなかなか面白い。静かに飲んでいたおっさんが突然立ち上がり、朦朧としながら踊りはじめたりする。音楽もアラブ風のものから自分がイメージしているアフリカンミュージックにだいぶ近付いた気がする。セネガル国民も大多数はイスラム教徒のはずなのだが、
「音楽を聴く」→「酒を飲む」→「踊る」
こういう文化が根付いているのが大きいのだろうか。植民地時代の中心地であったという時代背景からだろうか。カリブ海や南米と地理的に接点を持つ、ひょっとしたらその影響もあるのかもしれない。

これまで主流だったアラブ人風の顔つきは消え、完全にブラックアフリカの世界となった。セネガルから長時間のバス移動で隣国のマリへと入国。大都会(?)であったダカールの滞在を終え、人々も更に素朴になった。実際に足を踏み入れるまでは西アフリカという場所に少なからず不安を感じてもいた。だが、いざ訪れてみるとガキんちょも大人もとても人懐っこく、実に面白い。言葉がほとんど通じないのが残念である。旅行者も大半はフランス人。皆が楽しそうに過ごしているのに輪に入れないのはやはり悔しい。というわけで、ここに来てようやくフランス語の勉強に取りかかりはじめた。片言とはいえ意思の疎通が図れると当然ながらかなり楽しい。一つずつ単語を覚えることで、自分の表現の幅は確実に広がってゆく。
「こんなことなら前もって勉強しておけば良かった」
そう思うことばかりだが、こういう確かな手応えが得られなければなかなかやる気も起こらないのだ。



『Festival sur le Niger』というフェスティバルに参加してきた。
http://www.festivalsegou.org/new/en.html
マリ最大規模のミュージックフェスティバル。直訳すると『ニジェール川上のフェスティバル』、その名の通り、川の上にステージが設えられており、川岸が客席という作りになっていた。ゆったりとしたニジェール川の流れ。時折そこに手漕ぎボートが流れていく。実に贅沢なロケーションだ。

何より面白かったのは、このフェスティバルがローカルの人々に向けて作られていたことだ。タイで訪れたフルムーンパーティーなどは完全にツーリストに向けて(ツーリストの手によって?)作られたものだった。それとは全く雰囲気が異なる。マリのトップミュージシャンが次々と出演するというだけあって、会場の盛り上がりはものすごかった。同じミュージシャンを日本で見たとしても真の実力の半分も理解できないのではないか、とすら思う。それほどまでにステージと客席が一体となっていた。

ライブが行われるのは夜の間だけだが、昼間もイベントは目白押しだった。いたるところで民族音楽や仮面の踊りなどが披露されている。川岸のあたりに人だかりがしていた。行ってみると、20人くらいの民族舞踏の歌い手が、歌いながらボートに乗って流れてくるところだった。男たちが浅瀬に飛び込み踊りが始まる。それを見物する人々の群れ。当然ながらどれも皆マリ人、アフリカ人である。場に存在する何もかもが自分にとっては異質な景色だ。妙に感心しながら眺めてしまった。



「普段は目にすることが出来ない珍しいものが見たい」
それが『フェスティバル』というものの根本であるとするならば、あるいは自分も異質な存在として一役買うことができただろうか。物売りがやたらと寄ってきてうんざりすることもあるにはあった。ある意味そこがヨーロッパのフェスとの最大の違いであるとも言える。モーリタニアやセネガルなど、道中で知り合った旅行者とも再会を果たすことが出来た。そんなふうにして輪は広がり、繋がっていく。

なぜ西アフリカをこんなにも楽しいと感じるのか。目の前に広がる景色、触れるもの全て、その要素が自分が生まれ育ってきた世界にほとんど入り交じっていないからではないだろうか。人は誰もが好奇心を持っている、それは紛れもない事実だと思う。多民族が当たり前に存在する国は別として、どこの国を旅行していても実に物珍しげにジロジロと見られる、そのことが何よりそれを証明している。もちろんそこには異質なものに対する警戒心もあるだろう。だが、「理解できない」という感情から実は「理解したい」という感情は生まれるのではないか。異なる文化を面白いと感じ、お互いがお互いに興味を抱くことができれば、自然と互いをリスペクトする関係は生まれるはずだ。そういった点で、このようなフェスティバルの存在はすごく意味のあることなのかもしれない。
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