しもばの放浪日記

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World Baseball Classic 2013


アラスカ、カナダは置いといて、ほとぼりが冷め切る前にこちらを更新。

3月に行われるWBC、これに間に合うべく自転車を漕ぎつづける日々。この大会に照準を合わせてアメリカに入国したと言っても過言ではない。アメリカのビザ無しでの滞在期間は3ヶ月。バンクーバーから南下し、西海岸を通って決勝ラウンドの行われるサンフランシスコへ。上手いことタイミングを合わせなければならない。自転車移動なのでなかなか調整が難しいのだ。

開幕前から憂い事は絶えなかった。これまでの2大会と異なり、今回は2次ラウンドも日本で行われるらしい。つまり米国で見られるのは準決勝、決勝のみ。更には日本プロ野球選手会によるボイコット未遂。参加が決まって胸を撫で下ろしたものの、なんとも地味な監督人事。そして日本人メジャーリーガーの全員辞退。サンフランシスコがルート的に好都合なのは救いだが、この面子で果たしてベスト4に残れるのだろうか?日本を離れて以来プロ野球を見れていないので半数近く知らない選手なのである。

日本開催の一次、二次ラウンド。こちらでは夜中だ。インターネットでちまちまと観戦。台湾戦の井端でのタイムリーには泣きそうになってしまった。これが野球の面白さか。開放感と興奮が折り重なった、実に長らく忘れていた種類の興奮。試合が終わったときには朝の7時半であった。次の試合でオランダ相手に大勝し、過ぎてみればあっさりと、米国行きを決定させた。こちらもサンフランシスコ入りへ力が入る。

しかしながら、ある程度覚悟していたとはいえ、この国のWBCへの関心の低さにはいささかガッカリである。“関心”という言葉すら適当でないかもしれない。大会そのものが“認知されていない”と言うべきか。ある日、同宿でアスレチックスの帽子(アスレチックスの本拠地オークランドはサンフランシスコの隣町)をかぶった兄ちゃんが新聞のスポーツ欄を読んでいた。一面は春季キャンプレポート。「開幕はいつなの?」と話し掛けたことから野球の話題に。

「実は野球の試合を観るためにサンフランシスコを目指しているんだ」
「(サンフランシスコ・)ジャイアンツの試合かい?」
「いや、日本がプレーするんだよ。野球のワールド・チャンピオンシップなんだけど」
「あー、たまにメジャーの球団が日本で開幕戦やってるよね!
(この時点ですでに話が食い違いっている)
日本の何てチームが来るんだい?」
「いや、そうじゃなくて、日本代表、日本のナショナルチームが来るんだよ」
「野球のナショナルチームだって???」

こんな具合である。たまにスポーツの話題になって話を振っても、知ってる人に出会った試しがない。
「……国別オールスターみたいなもの?」
「まぁ、そうだね」

カフェで目にした新聞では、WBCに関するコラムに2度ほど出会った。そのどちらも、開催時期に疑問を投げかけるもの。『開幕前のこの時期に全力プレーなどして大丈夫なのか!?』 といった内容だ(逆に言えば、真剣に戦っているのは認めているということだ)。準決勝2日前、遂にサンフランシスコ到着。だが、その日、まさかの(?)アメリカ敗退。翌日、街を歩くも大会前日というのに大会の予感…というか大会名も目にしない。プエルトリコのユニフォームを着たおっさんに狂喜。そう、日本の準決勝の相手はプエルトリコに決まった。街でようやく出会った広告には『(準決勝、決勝の)3枚通し券、99ドルから!』の文字。やはりチケットは余っているようだ。というか、随分と値下がりしてないか……?

やられた!米国が敗退し集客が見込めなくなったか一気にディスカウントしたらしい。ドイツでの女子W杯決勝の際、「ドイツが負けたのでチケットも余るだろう」と高をくくっていたら直前に見る見る売れてゆき、手に入れるのに苦労した経験があった。なので今回は早めに購入していたのだ。完全に裏目に出てしまった。



準決勝当日、本当に人が集まるのかと、半ば不安になりながらもスタジアムへ。プレイボールまで5時間もあるので人もまばら…と思いきや!いるではないか。日本人、日本人、日本人。大勢の日本人が応援に駆けつけていた。皆ユニフォームに身をまとっている。知り合った日本人とチケットの値段について話すと、窓口へ行けば席を替えてもらえるとのこと。えっ、ほんと?すぐさまチケット売り場で尋ねてみる。差額は返ってこないが同じ値段の席(つまりより良い席)に交換してくれるそうだ。おかげでかなりの良席にグレードアップ!決勝戦に至ってはバックネット裏になった。この辺の機転の利き方には実に感心した。もちろん、初めからもうちょい安くしとけよとは思う。知らないままだった人もたくさんいたことだろう。(自分自身、初めは『知らないままでいれば良かった…』と思った)

ともあれ、随分と気分も軽くなり、隣の窓口に並んでいるおじさんに話し掛ける。地元ジャイアンツのユニフォームをまとっている。
「今日はどっちを応援するの?」
「俺にとっての開幕は来月さー、どっちでもいいよーー」
とにかく野球が観たくて仕方がない、のだと言う。なるほど、一般的には知られていないかもしれないが、裏を返せば、この場に来るのは生粋の野球好きばかりということになる。全身を日本に身を染めたアメリカ人のおっさんが、ホークスファンとソフトバンクのピッチャーについて議論していたのには驚愕した。松坂(レッドソックス時代)のユニフォーム姿も。ひょっとすると、これら米国の野球マニア達からしたら、『本物のマニアこそが注目する大会』という認識かもしれず、とすれば、これだけ多くの人が遠路はるばる応援しにくる日本という国に対して
「なんと野球マニアだらけの国なのだ!!!」
と驚いているかもしれない。そしてきっとそれは事実であろうと思う。

そう、日本という国は野球が人気No.1スポーツであるという、世界でも稀有な国の一つだ。発祥国のアメリカですらアメフトが一番人気である。大会の存在を知ったところで興味を示せない国はほとんどだろう。多くの日本人が『クリケットW杯』に興奮できないのと同じことだ(否定しているわけではない。インドやパキスタンの人からしたら『こんなに面白いものがなぜ理解できないのだ』と思うだろう)。ある意味、WBCで盛り上がれるのは、日本人が日本人である故の特権であるとも言える。ならばこそ、存分に楽しんでやるべきなのだ。

チケット値下げも、プエルトリコやドミニカの人もたくさん観に来れて良かったね、と思うことにした。多くのジャイアンツファンの来場も後押ししたことだろう。敗退した国の人々、とりわけメキシコの帽子をかぶった人の姿が目立つ。このAT&Tパーク。スタジアムの右翼フェンス後方はサンフランシスコ湾の入り江になっている。まだ練習の時間から、飛び込むホームランボールを狙って船で待ち構える人達。舞台は整った。準決勝『日本×プエルトリコ』開催である。プエルトリコ国歌斉唱。日本国国歌斉唱。そして……アメリカ国家斉唱。えっ?

結果は周知のとおりである。あの瞬間、スタジアムの時は止まった。だが、ああいうことが起こり得るのもまた野球の面白さなのだと思う。仮に成功したところで逆転できた保証もない。敗因を上げるならば、博打を打ったこと、それ以前になぜ博打に頼らざるを得ない状況に追い詰められたのかが問題だろう。もちろん、もし成功して逆転していたら『名采配』として賞賛されまくっていたのではあろうが…。ともかく、考えてみれば、ベネズエラ、アメリカを破ってきたプエルトリコが簡単な相手なわけがなかったのだ。



翌日の準決勝もう一試合、そして決勝。会う人、会う人がやたら野球に詳しい。そのことが面白かった。矢野がバックネット裏に座っていた、城島が近所のラーメン屋にいた、アルカトラズに行ったら古田に会った、色んな噂を耳にした。かつての日本の名選手たちがサンフランシスコ中に足跡を残している。なんとも奇妙なベースボール祭りだ。決勝、バックネット裏、感動。本場のボールパークで、こんな値段で座れるチャンスなど果たしてこの先あるのだろうか。せめてここまで日本が残ってくれていたら…そうは思うが、決勝当日にあることに気付いた。“この日のため”に日本から駆けつけた、そんな人達も数多くいたのだ。それはそうだ。準決勝か決勝、もしどちらかしか休みが取れなかったとしたら…自分だってこちらを選ぶ。中には空の上で日本代表とすれ違った人もいたかもしれない。旅を呆けている自分とは違う。アメリカで観戦することのできる唯一の、魂のこもった、大切な大切な一試合だ。

ドミニカ共和国、無敗優勝。本領発揮したメジャー軍団は強かった。選手達がマウンド上ではしゃぎ回る。ロビンソン・カノーは言った。
「この優勝は過去の全てを超越している。忘れることのできない瞬間だ」
ロドニーは言った。
「バナナが俺にこう言った。“私を近くに置いておけば、試合に勝てる”」
ほら、結局どの国も、勝てば皆盛り上がるのだ。アメリカだっていつか勝ったら…どうなるのだろうか。

前回はアジアの、今回はカリブの決勝となった。プエルトリコやドミニカという、普段はあまり日本と馴染みのないカリブの国々。この大会に熱狂した人々は、日本という国の存在をいつもより少しは近くに感じてくれただろうか。多くの日本人にとってもまた、プエルトリコという名をこれほど意識したことは今まであまりなかったのではないか。『Classic=伝統的な』という言葉にふさわしい大会になる日がいつか来るかはわからない。だが、決勝の地で、ドミニカやプエルトリコの人々と共に旗を振り、試合を彩った日本人たち。この先、“日本”の名に触れる度に、真っ先にその瞬間を思い浮かべる人がいるかもしれない。もちろん、その逆もあり得るだろう。それだけで、この大会の存在意義はきっと十分にあるように思える。願わくば、一歩一歩、少しずつ成長していかんことを。


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