しもばの放浪日記

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追いかけて追いかけてもつかめない
オーストラリア
↓02.27
シンガポール


ようやく一年間のオーストラリア滞在を終えた。大自然がほっぽり出されたようなオーストラリア(の西半分)から、すべてが人工のような国シンガポールへ。久々に空の切り取られた大都会。CGのような超高層ビルに目がくらむ。

シンガポール在住の友人に電話をかけようとコンビニで5ドルのテレカを購入。が、あたりを見渡してもちっとも公衆電話が見当たらない。15分くらい歩いてようやく一つの電話を発見。が、壊れているのかカードが作動しない。それから一時間近く勘に任せて歩くが、一向に電話が現れてこない。

そうなのである。いまや世の中ケータイ社会、公衆電話を必要としている人間などごくごくわずかなのである。それはわかるがそれにしたってここまでとは。考えてみると、こんなにもケータイがあって当たり前という価値観で成り立っている国というのは、この旅ではじめてのことである。オーストラリアだって、ちょっと探せば電話を見つけることなど容易だった。そもそも、ちっちゃな街ではケータイが繋がらない事だって珍しくないのだ。

こうなってくると、普段以上にケータイで喋っている人間が目に付いて仕方ない。思わず敵意すら抱いてしまう。だって世の中ケータイが壊れちゃったり失くしちゃったり持ってくるの忘れちゃったりしている人だってたくさんいるはずなのだ。そういう人たちにとってフォローがない世界ってのはちょっと冷たすぎるのではなかろうか。

とはいえ、更に一世代前以上前の世界からしたら、
“公衆電話があって当たり前”
なんて感覚こそ、贅沢で調子乗った考えだったりするかもしれないわけで、そういった意味では、無くて当たり前の世界からあって当たり前の世界、さらにそこを飛び越えて再び無くて当たり前の世界に戻ってきたわけであり、そうでありながら、その本質は180度異なるものであるわけで、なんだか世の移り変わりの不思議さに可笑しみを覚えてみたりしてみるのである。

可笑しみながらも、とにかく電話を見つけ出さねばならない。熟考の末、整然と建物が立ち並んでいるところよりも、ごちゃごちゃごみごみとしたところの方がなんとなく公衆電話が似合うのではないかという結論に達した。というわけで、なんとなくごちゃごちゃごみごみしてそうな方角へ足を運んでみる。が、このシンガポールという国、どこもかしこもきっちり整然としていやがる。ごちゃごちゃしてそうなところでも、あくまでも整然とごちゃごちゃしていやがるのだ。

苦難の末、ようやく数台の電話が立ち並ぶ場所を発見した。そう、あくまでも整然と立ち並んでいた。だが、カードを差し込むとまたもや作動しない。どうも差し込み方が悪いのだろうか。創意工夫が必要だ。何度もカードを入れたり出したり、力を込めて押し込んだり。すると、

ガコンッ!!!

貴重な5ドルが水泡と化した音である。一度も使わないままカードが全て電話機に入り込んでしまったのだ。必死で爪で掻き出そうと努力するが回収不能。怒り心頭に達しながらも、近くの店で再びカードを購入。再び挑戦を試みようとしたその時、

ガガガガガガガッ!!!!!!!!!

大音響で道路工事が始まったのであった。どうも、都会は優しくないのだ。


意外とちっちゃいと皆が口にするマーライオン。意外とでかかった。


駅の中にある注意書き。ドリアン持ち込み禁止。
扉の向こう側
シンガポール
↓03.04
マレーシア
↓03.18
タイ


この旅で初めての2回目の入国となったマレーシア、中華系住民が8割を占めるシンガポールと比べ、見た目でマレー系とわかる人たちがグッと増えた。首都であるクアラルンプールでは、民族衣装を着た女性が目立つ。同じイスラム国でも、中東の風景を想像したときのような、真っ黒な服に身を包んだ女性とは全く異なる。色とりどりな服飾文化を持つ中華系やインド系の住民が多いのも影響しているのだろうか。ものすごく色鮮やかで美しいのである。



東南アジアに戻ってきた。今まで自分が目を覆い続けてきた、克服しなければならない問題が一つ、あった。

ある本の中で、沢木耕太郎が自身の旅について、
「僕の自信は、どこに行って何を食べても美味いと感じられることだ」
というようなことを語っていた。似たような自信は自分にもある。『何を食っても美味い』というほどでは無いにしろ、少なくとも『とりあえず何食っても食える』という自信はある。

……ただ一つの例外、『ドリアン』を除いては。

それはおそらく5年以上前、バンコクのカオサンロードでの初体験。『果物の王様』などという言葉に魅せられて口にしたその果実。“臭いはキツイけど味はサイコー!”なんて話も聞いてたので期待に胸をときめかせていた。……しかし、まるで臭いどおりの味だったのだ。
「何がフルーツの王様だ!!魔王じゃねえかああああぁ!!!!」
そのへんの飢えた犬にやろうとした。犬も喰わなかった。

だが、しかし、やっぱり悔しいのである。自分が食えないものを美味い美味いと食っている人間がいることが。誰かが美味いと感じている以上、自分にもそれを感じる権利があるはずなのである。それを感じることで、人生においての喜びの契機は確実に増えるはずなのである。オーストラリアで、日本に半年住んでいたというイタリア人に出会った。そのイタリア人は、『納豆』が大好きだった。おそらく外国人が嫌いな日本の食べ物Best3に入るであろう『納豆』が、である。朝食時、「納豆食べたい納豆食べたい」と何度も口にしていた。納豆大好きな自分としては、やっぱりとても嬉しかった。多くの外国人が敬遠しているであろうドリアンを好きになれば、多くのドリアン好きな東南アジアの人たちも、やはり嬉しいのではあるまいか。食わねばならぬ。ここで食わねば、おそらくこの旅で二度とドリアンに出会う機会もあるまい。そうなれば、とても東南アジアに足を向けて寝られないのである。

そんな観念に襲われた。ある夜、ついに長らく口にしていなかったドリアンを購入した。あえてドリアン売りの屋台の脇のテーブルに腰を下ろす。ここでドリアンを残しては、ドリアン売りの兄ちゃんの自尊心を傷つけることになる。それだけは絶対に出来ない。自ら退路を断ったのである。

一口、口にした。

メメタァ。

深いところから蘇る感触の記憶。記憶の感触。と同時に、ニンニクのような、いや、腐ったニンニクのようなニオイが口じゅうに広がった。一瞬吐き気をもよおすがそれを抑えるべく二口目をかじりつく。ネチャリ、ヌメリ。手を止めてしまうともう続けられないような気がして、ひたすらむさぼりつく。はた目には、そうとうドリアン大好きっ子に映っていたに違いない。

……だが、不思議なことに、食べ続けるにつれ、初めはあんなに抵抗感のあった臭いがほとんど気にならなくなってきた。ていうかマヒしてるんだな、もはや。次第に種にこびりついた細かな部分まで剥ぎ取りだした。最終的には何故だか手についた果実のかけらもペロペロなめる始末。きっとこれを繰り返せば美味いと感じられるに違いない。なんというか、自己暗示への入り口のようなものが垣間見えた気がする。

ただし、問題なのは値段なのだ。なんだかわからないが一応どうやら高級フルーツというやつらしい。超高級というほどではないにしろ、手のひらサイズの一パックで、下手したらいつも食べてる屋台飯の倍近くの値段がするのである。逆に言えば、特に高級な(または新鮮な)ドリアンを食べれば、一気に目醒める可能性もある。ウニ嫌いな人間が、北海道のウニを食べてウニの美味さに気付くようなもので。

今回の結論としては、
『食えないことはないけど同じ値段出すならもっと美味いもん食うわ』
というところだろうか。それだけでも大きな一歩だ。

2551
シンガポール滞在時、同宿のドイツ人から
「この国はどう?」
と、尋ねられた。

ひさしぶりの超近代国家に戸惑いを覚えていた自分としては
「うーん、なんか、東京みたいだよねー」
などと答えたものだった。すると、彼は窓の外に見えるヤシの木を指差してこう言うのだった。
「だったらあれも、東京にあるのかい?」

そうなのである。いくら目の前に様々な景色が広がっていたとしても、自分の気持ちがそちらに傾いてなければ、それに気付くことはできない。
『心ここにあらざれば、見れども見えず、聞けども聞こえず』
というやつであろうか。

旅に出てから一年半が過ぎ、なんとなく目の前の景色に気をとめることが少なくなってきたこの時期に、こんな言葉に出会えた。もちろん、旅をしている間だけでなく、日々の生活すべてにおいて省みることのできそうな言葉でもある。





タイのお正月、ソンクラーンと呼ばれる水掛け祭りに参加してきた。国中でやっているのだが、場所は中でも一番盛り上がるとされるチェンマイ。かつての城壁が残る町で、ぐるりとお堀に囲まれている。人々はその堀の水を汲み上げて水を掛けまくるのだ。

なんでお正月にこんなことになってしまったのかはよく知らない。お寺に初詣で(?)に行ってみたら、人々が仏像にお清め的な水を掛けていた。きっとこんなところから水の掛け合いに発展したのだろう。なんでも、タイでは一年のうちでも最も暑い時期に当たるらしく、そういった意味でもちょうどいいのかもしれない。

日本でも、有志の人が集まって同時期(または寒いので夏あたりに時期をずらして)に水掛け祭りを行ったりしているそうだが、いや、実際に参加してみるとやっぱり
『水を掛けたい掛けられたい人たちが集まって水を掛け合う』
というのと
『道にいる人だれかれ構わず無差別的に水を掛け合う』
というのでは、熱気を含めて根本的に様々なものが異なるに違いない。そう思わざるを得ない。

ちなみに、このタイ正月は仏暦(ブッダが生まれた年が0年か?)というものがベースになっており、今年は晴れて2551年なのだそうである。あけましておめでたい。

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