アンコールワット観光の拠点となる町、シェムリアップ。思えば、今までに海外で何度も訪れた場所なんてバンコクのカオサン通り(安宿街)くらいのもので、今回の旅だと、ハノイ、ホーチミンに続いて3都市目の再訪。ハノイとホーチミンはほとんど観光してないことを考えると、観光として再び訪れた地はここシェムリアップが初めてなのだ。
レンタサイクルをこぎこぎ、アンコール観光。まず向かったのはアンコール・トムの中にある『バイヨン』という遺跡。前述のとおりアンコールに訪れるのは2回目。
(ふふん、俺は常連なんだぜ)
そういった気持ちが心のどこかにあったことは否定できない。門の前で記念撮影している欧米人を横目にすーっと通り過ぎるのだ。
たどり着いたバイヨンでは座り込み景色を眺めながら日記を書いた。ちょいとぐるっと散策して、うんうん、なるほど、こんなもんか、うむ、てな感じ。さーっと流し見て、よし、それじゃー次の遺跡と、バイヨンを出てくるりと振り返ったときに足が止まった。
ゴツゴツした威容。塔のひとつひとつに彫られた顔、顔、顔。
……やっばすげえ。
わかったような気になって、自分は何もわかっちゃいなかったのだ。そう実感し、踵を返した。それから30分、ずっと眼前の景色を眺めていた。
日が暮れ始めてきたので、アンコールワットへと移動。
『アンコールワットに昇る満月を見る』
これが本日のメインテーマだ。が、あいにく東の空には雲が立ち込めている。もしかしたら一瞬雲の隙間から月が見えるかも知れぬ。その一念で待ち構えるも叶わず。無念。ライトアップされたアンコールワットはそれはそれで綺麗だった。
自転車に乗り、帰ろうとした途端、雨が降り始めた。トゥクトゥクの兄ちゃんが
「2ドルで自転車ごと宿まで送ってやる」
と言ってくれたにもかかわらず、
「1ドルなら乗る」
ついついいつものクセで値切り交渉をしてしまった。交渉不成立。いーよ、チャリで帰るから。こぎ始めたところで完全なるスコール。バケツをひっくり返したようなとはこのことか。
とても自転車をこげる状態ではない。木の下で雨宿り。
(あー、2ドルで乗ってりゃ良かった…)
思いながら空を眺める。もうすでに日暮れて真っ暗。いつになったら上がるのやら。現地の物売りの少年も木の下に駆け込んできた。
「いやー、ひどい雨だねー」
日本語で話し掛ける。言葉は通じない。少年が落ちていたビニール袋を拾い、バサバサと水気を切り、自分が抱えていたバッグにすっぽりかぶせてくれた。ありがとー、びしょ濡れで困ってたんだよー。言葉は通じない。お互いはにかみながら雨が上がるのを待った。
雨は上がり、宿への道をひた走る。すると目の前の雲がするすると晴れ、月が顔を出し始めた。
(いまさら出てきやがって…)
こみ上げる嬉しさを隠しながら、満月に向かって一瞥をくれてやった。