明らかに以前よりも自転車のペースが落ちている。体力的な問題よりも、単純に日が短くなったことが原因であろう。なんせ北極圏を走っていた頃は毎晩23時くらいまで明るかったのだ。それが今では18時くらいには野営できる場所を見つけねばならない。朝8時くらいでもまだ暗い。そして何より、朝晩の冷え込みが半端じゃないのだ。結果、かなり日が昇ってからのスタートとなってしまう。寒さに追われ、早いところピレネー越えしてスペインに入らなければやばそうだ、思いながらも一向に前に進んでいかないという現状だ。
現在は『サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路』を辿っている。なんでもスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラという教会には聖ヤコブさんという人が眠っているとかで、ローマやエルサレムと並ぶキリスト教の三大巡礼地の一つなのだそうだ。フランスからそこを目指す道には大まかに4つのルートがある。自分が走っているのはパリを起点とした『トゥールの道』。最終的にはスペインに入った後でバルセロナ方面に折れるので完全に巡礼達成とはならないのだが、それはまあ長い人生のどこかで引き継げば良い。そこまででもちょっとした巡礼者気分を味わいたいではないか。
歩いて旅する人もいる。ゴールはここから1000km以上も先だ。そんな中、旅に出てから丸3年を迎えた。そのうちの1年間はオーストラリアなわけだが、ともあれ日本を出てから3年である。
3年目。日本からずっと使い続けてきたものに立て続けにガタが来はじめたのが印象的だった。ジーンズはエジプトの地に葬った。バッグのチャックは壊れ、バックパックのバックル部分は割れ、テントのポールは折れた。盗難にも二度遭った。スーダンでは寝ている間に財布からお金が抜き取られ(20ドル程度だったので良かったが)、チュニジアでは外出している間に扉が開けられカメラが盗まれていた(フィルムカメラだったので写真数枚の被害で済んで良かったが)。体調が思わしくないときもあった。エチオピアでは一週間に3回吐いた。そのあとエジプトへと行く道程で角膜炎になり、二週間コンタクトレンズ禁止。小さなホクロが下唇に現れ、時間を経るにつれ大きくなっていった。皮膚ガンではないか?友人に言われ、ロンドンの皮膚科で採ってもらった。急性ということで保険が下りた。調べたところ悪性では無かったらしいので一安心。今までほとんど腹を壊してこなかったのに、ノルウェーで一週間、強烈な下痢に襲われた。魚市場でスモークサーモンを試食しまくったせいかと思われる。
旅に出た当初と比べると、海外で日本食を食べるという行為にもあまり違和感を覚えなくなった。特にヨーロッパに入ってからは、随分とアジアンレストランのお世話になっている気がする。東南アジアで欧米人が朝からトーストにスクランブルエッグなどを食べているのを見ていた頃は、
「なぜ海外に来て現地の食べ物を食べないのだ!」
と憤慨していたわけで、そんな自分も彼らからしたら、
「お前だって同じじゃねーか」
というとこだろう。必死で言い訳を探すとすれば、うーん、その店が現地の人たちに向けて作られたのか、ツーリストに対して作られたのかの違いだろうか。例えばパリでフランス人が行列を作っているラーメン屋に入るのにはあまり抵抗を感じない。北欧の寿司屋も若い女性客で繁盛していた。和食でも中華でもケバブ屋でも、ヨーロッパにおいて多種多様の料理が存在する、そのこと自体がもはや文化だと言えなくもないのだ。アフリカに入ったらきっとこんなに選択肢など存在しない。むしろ今のうちに食っとけ!という感じでもある。
日本語から離れているおかげで、言語に捕らわれずに物事を楽しむことにも少しは慣れてきたような気がする。音楽も、歌詞の部分にこだわらずに文字通り音を楽しむことが出来るようになった。かつて見たことのある映画を見たときに、以前よりも遥かに緊迫感が増していて衝撃を受けたこともあった。字幕を追うあまりいかに映像や役者の表情を見逃しているか、思い知らされた瞬間だった。
とはいえ、言葉がわからなくても容易に楽しむことの出来るスポーツ中継の存在はやはり非常にありがたい。ノルウェーのフェリー移動の際には世界陸上がやっていた。ウサイン・ボルトのおかげでだいぶ退屈が紛れた。シチリアに上陸した翌日にはWBCの決勝、日本×韓国戦があった。それを観たいが為にパレルモの高級ホテルを片っ端からあたり、ケーブルテレビがあるか尋ねて回った。最終的に晴れてESPNの映るホテルを発見。部屋代 100ユーロ。テレビで野球を観戦するために大枚をはたいた自分にうっとりした。日本が優勝した上に、試合内容も素晴らしかったので大満足であった。
ここ一年間での変化といえば、サッカーを観るようになったことが挙げられる。現在、南アフリカでのワールドカップを目指しているので、意識して観るようにしているというのはある。きっかけは中国でのEUROのテレビ観戦だった。監督としてロシアを率いたヒディンクが祖国オランダを破ったその試合。なるほど、戦術とかそういうことはさっぱりわからないが、だったらドラマとして見れば良いのだ。おお、いつもは同じチームのあの選手とあの選手が敵同士で戦っている!C・ロナウドがルーニーを退場させやがった!そういうのがわかるだけで面白さは何倍にも増すはずなのだ。
やはりワールドワイドなスポーツだけに、他のどのスポーツよりも目にする頻度は多い。わかってくると他国の人と話ができるのも楽しい。今までで一番面白かったのはエチオピア。街中にスポーツバー(と言ってもカフェにテレビが置いてあるだけ)があって皆で観戦するのだが、その盛り上がりっぷりと言ったらものすごかった。賭けなどが行われているわけでもなさそうだ。ただただ純粋に贔屓のチームを応援している雰囲気だった。点が入れば叫び出す踊り出す。テレビで観てるだけでこれなんだから、スタジアムに連れていってやったらこいつら失神するんじゃないかと思った。
アディスアベバにいたときにはクラブW杯がやっていた。エチオピア人に混じって観戦した。カードはマンチェスター・ユナイテッド×ガンバ大阪。そりゃどう考えても当然マンUが勝つだろう。こちらとしては日本のチームがどれだけいじらしく奮闘するか、それが観たいだけなのだ。親善試合気分で臨んでいるのに、エチオピア人と来たらヨーロッパとアジアの実力差なんて全くわかっていないのである。全力で馴染みのマンUを応援していた。完全アウェーだ。日本の選手を指差しては、「チャイナ!チャイナ!」と笑い転げていたのが気になった。みんな喜んでいたので楽しかったが。
この旅でスタジアム観戦した試合。
2008.09.10 ウズベキスタン×オーストラリア(W杯アジア最終予選)
2008.10.15 イラン×北朝鮮(W杯アジア最終予選)
2009.04.11 インテル×パレルモ(セリエA)
2009.04.16 マルセイユ×シャフタル・ドネツク(UEFA CUP)
2009.08.30 ハンブルガーSV×ケルン(ブンデスリーガ)
2009.09.05 オランダ×日本(国際親善試合)
2009.09.09 日本×ガーナ(国際親善試合)
2009.09.20 パリ・サンジェルマン×リヨン(リーグ1)
オランダで見た親善試合。試合前からスタジアムの周りでオランダ人がとても楽しそうにしているのが印象的だった。親善試合というのもあるだろうが、ビールなど飲みながら実に和気あいあいと盛り上がっていた。一方で、知り合い同士凝り固まってどこか弾けきらない日本人。緊張気味で、なんだか気圧されている感さえある。自分が一人ぼっちだったから余計そう感じただけだろうか。けれど、現地で知り合った駐在日本人も
「日本人ぜんぜん知らない人と喋らないねー」
と言っていたから、やはり多少そういう面はあるのだろう。ワールドカップの舞台では更に更に様々な国の人々が集まるわけで、そりゃどう考えても面白いに違いない。それぞれの国民性みたいなものが垣間見れたりもするかもしれない。日本で開催されたときには全く気付かなかった部分であるが。
日本×ガーナ戦の前日、試合が行われるオランダのユトレヒトの町を歩いていたら、ジャージ姿の日本代表選手(合宿中はジャージが正装なのだろうか?)数人に遭遇した。全員の名前がわかるほどの知識が無いのが残念だった。稲本がソフトクリーム買ってた。中澤が若手の選手らと記念撮影して、
「撮れた?」
「あー逆光だー」
とかやってた。考えてみると日本の選手たちも、予選ではカタールだとかバーレーンだとか良くわからない国にばかり行かされているわけで、自分たちを知る人のないヨーロッパの町をブラブラできるのは楽しくて仕方ないのではなかろうか。修学旅行みたいで実に微笑ましい光景だった。
というわけで、ここから先はアフリカを南下して南アフリカを目指す予定。自転車だととてもワールドカップに間に合わないのでバルセロナあたりで売り払う。明日は現在滞在しているボルドーでチャンピオンズリーグのボルドー×バイエルン・ミュンヘン戦があるが、一番高い席(120ユーロ)しか残っていなかったので諦めた。ホームでのバルセロナは絶対に見たい。可能であれば11月14日のモロッコ×カメルーン(W杯アフリカ最終予選)にも間に合わせたいのだが、さて、どうなることやら。